小説ア・ラ・カルト 〜季節と気分で選ぶ小説(時々映画)〜

季節と気分に合わせた読書&映画鑑賞の提案

ロシア革命・亡命・戦争・法廷闘争・・・。『バレンタインにはチョコレートを』の元祖モロゾフの波乱万丈な伝記2篇

チョコレートを食べなくても、栄養に欠けるわけではない。死ぬわけでもない。それでも口にするのはおいしいからにほかならない。音楽や書物に心遊ばせたり、一杯の紅茶に気持ちをなごませるように、ひとは愉しみをもとめてチョコレート菓子を舌にのせるのだ。

だとすれば、舌にのせてよろこびの感じられるものこそチョコレート菓子の名に値する。

(「大正十五年の聖バレンタイン/川又一英・著 PHP電子204ページより)

 

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こんにちは。

過去記事で、クリスマスや節分を「商業主義だ、ケッ!」とか言っておきながら、他のどの行事より商業主義なバレンタインに乗っかった記事を今まさに書いているブログ主ですw

 

だってチョコレート美味しいじゃないですか。美味しいは正義ですw

 

しかし、この日本独特のバレンタイン=チョコレートという図式。その元祖といえる人物の考えは「美味しいは正義」に近い理念であったようです。

「本当のチョコレートを皆に食べてもらいたい。」「一粒からでも買えるようにして皆にチョコレートを食べてもらいたい。」

 

その人の名前はワレンティン・フョードロビッチ・モロゾフ。愛称ワーリャ。

チョコレートブランド「 モロゾフ」の礎となった人です。

今回はバレンタインにおすすめの本として、彼の伝記を2篇ご紹介したいと思います。

 

 

目次

①ワレンティン・F・モロゾフについて

②伝記その1『チョコレート物語 一粒のおくり物を伝えた男/佐和みずえ・著』

③伝記その2『大正十五年の聖バレンタイン/川又一英・著』

 ④ワレンティン・F・モロゾフの『ハイライトな出来事』チラ見せ

余談ですが・・・

 

 

①ワレンティン・F・モロゾフについて

まず、ワレンティン・F・モロゾフについて、写真等交えながら簡単にまとめてみました。

 

・1911年3月1日 ロシア帝国シンビルスク郊外チェレンガ生まれ。父フョードルは貿易商人で、帝国軍に軍服を納める仕事もしていた。

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・1917年2月 ロシア革命が勃発。民衆の怒りの矛先はモロゾフ一家の様な裕福な商売人にも向けられ、一家は亡命のため、鉄道で一路東に向かう。この時、ワーリャ6歳。 

 

・一家は中国ハルビンにたどり着く。この地で父フョードルは一労働者として菓子工場に勤める。一家はハルビンで約6年暮らす。

 

ソビエト連邦が樹立し、もう故国には戻れないと悟った父フョードルはハルビンを離れ、新天地アメリカへ渡る事を決意。1923年8月、一家は日本を経由してアメリカのシアトルに移住する。この時、ワーリャ12歳。

 

・1923年9月、一家はシアトルに到着。父フョードルは再び商売で身を立てようとするが、ことごとく失敗。労働口を得るにも苦労し、職を転々とする。ワーリャも新聞配達で家計を助ける。

 

・1924年、シアトルに見切りをつけた父フョードルは日本に移る事を決意。一家は8月に横浜に到着。その後、関東大震災の影響が無い神戸へ移る。この時、ワーリャ13歳。

 

・紆余曲折を経て、父フョードルは日本に本物のチョコレートが無い事に目をつけ、菓子店を開く決意をする。学校教育を受け、英語が堪能となっていたワーリャを右腕とするべく、学校を退学させる。1925年の暮れ、父フョードルは神戸市のトアロードに住まいを兼ねた店舗を借りる。ワーリャは父の雇ったチョコレート職人達に交ざり、チョコレート職人の道を歩み出す。

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・1926年3月、「Confectionary F・MOROZOFF( モロゾフ洋菓子店)」をオープン。この時、ワーリャ15歳。

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・1931年8月、「 モロゾフ洋菓子店」から法人成りし、株式会社となる。この時、ワーリャ20歳。

 

・1934年1月、オリガ・タラセンコと結婚。 ワーリャ22歳。

 

・1936年2月、聖バレンタインの日に合わせて広告を出す。日本における「バレンタインにチョコレートを」とうたった最初の広告となる。

 

・1936年春、株式会社の日本人経営陣との関係が悪化。ワーリャ親子は会社と袂を分かち、別会社「Confectionary Valentine Co.(バレンタイン洋菓子店)」設立。この時、屋号および商品名に「モロゾフ」の名を一切使用できないようにされてしまう。ワーリャ25歳。

 

・1937年、日中戦争勃発。材料が入手しづらくなる。

 

・1941年12月、太平洋戦争勃発。ワーリャ一家は菓子作りを断念し、裏六甲の大池に疎開

 

・1945年6月の神戸空襲でトアロードの店舗が焼失。8月終戦。ワーリャ34歳。

 

・1945年10月、交流のあった兵庫県庁職員の助力で国鉄高架下の建物を確保。「 コスモポリタン」の屋号で店を再開。

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・1946年春、神戸在住の外国人向け配給パンの生産依頼を受ける。

 

・1947年6月、神戸市長からの依頼で神戸を訪れる昭和天皇への献上品のチョコレートを作る。

 

・1958年、「MOROZOFF」の名を利用した酒類を販売している東邦酒造に対し、民事上の損害賠償請求、更に商標登録無効審判を請求する。

 

・1964年8月15日、ワレンティン側の請求が認められ、東邦酒造の商標権登録は無効の判決が下る。

 

・1999年1月23日、ワレンティン・フョードロビッチ・モロゾフ死去。87歳。神戸市立外国人墓地に眠る。

 

ざっと紹介するとこんな感じの年譜になります。年譜を見ただけでも彼は多くのハイライトがある波乱万丈な人生だった事が分かります。

「事実は小説より奇なり」を地でいく彼の伝記が、小説に引けを取るわけがありません。小説の様に読み応えたっぷりだと思います。

 

ただ、本日紹介する2篇の伝記。同じワレンティン・F・モロゾフの伝記ですが、

『大正十五年の聖バレンタイン』は1984年に一般向けに出版された伝記で、『チョコレート物語 一粒のおくり物を伝えた男』は『大正十五年の聖バレンタイン』を下敷きに、小学生向けに書かれた児童書の伝記です。

 

したがって、どちらも丁寧に取材された素晴らしい伝記ですが、

『チョコレート物語』の方は読みやすく、また優しくオブラートに包んだ様な箇所があります。例えるなら優しいミルクチョコレートの様な味わいでしょうか。

一方、『大正十五年の聖バレンタイン』の方は、大人の事情も包み隠さず書いてあります。(はっきり言ってしまえば、年譜の「株式会社」と「商標権」のあたりですw)例えるなら苦味も感じられるダークチョコレートの様な深い味わいです。

是非、お好みの方をチョイスしてみて下さい。あるいは両方でも。

 

 

②伝記その1『チョコレート物語 一粒のおくり物を伝えた男/佐和みずえ・著』

 

 

チョコレート物語: 一粒のおくり物を伝えた男

チョコレート物語: 一粒のおくり物を伝えた男

 

 

 6歳という幼さで故国を追われ、両親を助けながら英語を勉強し、チョコレート職人から技を盗むようにして覚え、下積みを経てチョコレート職人の道をひた走り、チョコレートに職人としての情熱を込め、暗い戦争をくぐり抜け、戦後の焼け野原から店を復活させる。その道のりを「希望を捨てずに頑張りぬく」という観点から優しい(易しい)タッチで記されています。また、上述のモロゾフ年譜でちょっとお見せした写真は全て「チョコレート物語」からの抜粋です。写真資料があるので、よりワーリャを身近に感じて読めると思います。

 

 

③伝記その2『大正十五年の聖バレンタイン/川又一英・著』

 

 

 上述した様に、「苦味」も含んだ仕上がりです。「 エミグラント(亡命者)」である事に、アイデンティティとして着目しているのが印象的な伝記です。

ミグラントであるが故に、時に「外国人」として不当な扱いを受けながら、エミグラントであるが故にファミリーネームに誇りを持って生きた生き様がとても深い。

あと、個人的にブログ主は法学部卒なので法廷闘争あたりも興味深かったです。

 

 

 ④ワレンティン・F・モロゾフの『ハイライトな出来事』チラ見せ

 

・ ロシア革命勃発、鉄道で一路東へ亡命

 

皇帝を頂点にした身分社会に対する民衆の不満が爆発し、ニコライ2世を退位に追い込み、後に皇帝一家処刑・ソビエト連邦の樹立へと至ったロシア革命。民衆の怒りの矛先は商人一家のモロゾフ家にも及びます。貧しい労働者の身なりで鉄道に乗り込みますが「お前たちは商人ではないか?」と疑われる場面が記されています。

酒を飲んでいた男たちが、さわぎはじめました。

「おい、おまえたちは金持ちだろう。かくしたって、わかるんだ」

「そうだ。財産をもって、外国に逃げるつもりだろう」

男たちは声をあらげて、つめよってきました。

(「チョコレート物語」23ページより)

 

ある晩のことだった。

「おい、おまえブルジョワだろう」

突然、かん高い男の声がきこえた。声は車輛のはずれのほうからだった。

(「大正十五年の聖バレンタイン」23ページより)

 

この危険な状況を、モロゾフ一家はどうやって回避したのでしょうか。是非本編でご確認ください。

 

 

・日本で初めて『バレンタインにチョコレートを贈りましょう』と呼びかける

「バレンタインにチョコレートを贈る」というのが一般的になったのは1950年代になってからですが、その20年前に赤いハート型を用いて「あなたのバレンタインにチョコレートを贈りましょう」のキャッチコピーで広告を出したのはモロゾフです。発案者は妻のオリガだったとか。「チョコレート物語」の方にはその顛末が記されています。是非本編でご確認を。

「その日に合わせて、広告を出すの。あなたのバレンタイン(愛しい人) にチョコレートをおくりましょう、って」

(「チョコレート物語」111ページより)

 

・一家のファミリーネームである「 モロゾフ」が使用できなくなった顛末  

 

今現在も神戸に本社があり、チョコレートブランドとしてその名を轟かせている「 モロゾフ株式会社」。しかしこの現存する会社は、はっきり言ってしまえば、「 モロゾフ」という名を冠していながらワレンティン・F・モロゾフとは関係の無い会社組織となっています。一体なぜ、モロゾフ父子が別会社を立ち上げなくてはならなくなったのか。そこで自分たちのファミリーネームさえ名乗れなくなってしまったのはなぜなのか。そして父子はこれをどう乗り越えていくのか。

「大正十五年の聖バレンタイン」には、この苦い真実も語られていますので、知りたい方は是非本編でご確認を。

「残念です。これ以上、わたしにはなにもできない。フクモトはわたしに、手を引かなければ警察の圧力であなた方を国外追放にすると脅しをかけた。こんなことはいいたくないが、ここはアメリカではなかった。外国人であるというだけでハンディキャップを負うとは。

・・・・・ゼアリズ・ノー・ロー・イン・ジャパン(この国には法律はありません)」

(「大正十五年の聖バレンタイン」 126ページより) 

 

まあ、早い話が「乗っ取り」ですね。少々脱線しますが屋号と技術だけを奪い取って乗っ取るって・・・。あれ?どっかで聞いた事あるな。どこぞの某巨大ハンバーガーチェーンw

 


 

 

バレンタインにおすすめの本という事で、『バレンタインにはチョコレート』の元祖にして『本物のチョコレート』の先駆者ワレンティン・F・モロゾフの伝記を2篇、ご紹介しました。

たまには伝記紹介もいいなと思いました。また何か面白い伝記を思い出したら記事にしたいなあ。

 

余談ですが・・・

 

ブログ主はここ数年、バレンタイン近くになると最寄デパートの特設催事場に赴きチョコレートを爆買いするというのが年中行事になっていますw

有名チョコレートブランドが一堂に会する事なんて、バレンタインをおいて他にないじゃないですか。思いっきり乗っかってます。

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今年の爆買い品。「 フランク・ケストナー」、「 ジャン・ポール・エヴァン」、「 レダラッハ」。

何やらあちこちと楽しそうな女性たちを尻目に、狙ったブランドだけをスナイパーの様に買っていくw

 

 

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もちろんモロゾフも買いました(複雑な気持ちで)。

ティーブレイク」という商品で、「 アールグレイ」「セイロン」「 ダージリン」「アッサム」の4種類の紅茶フレーバーが楽しめます。「 ダージリン」と「 アールグレイ」は紅茶そのままの王道系。「アッサム」と「セイロン」はそれぞれ、ほのかにマンゴーとレモンの風味を加えてあってエキゾチックな仕上がりでした。

紅茶好きなのでとても気に入りました。おいしかったです 

 

 

↓バレンタインにおすすめなチョコレートに纏わる小説。こちらもいかがですか?

 

shosetsu-eiga-alacarte.hatenablog.jp

 

 

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