小説ア・ラ・カルト 〜季節と気分で選ぶ小説(時々映画)〜

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節分におすすめな鬼の本 ノワール(黒)編

一塊の鬼火が崇徳院の膝元から燃え上って、山も谷も真昼のように明るくなった。その光の中で、よくよく院のご様子を拝見すると、お顔は朱を注いだように赤く、雑草の様な髪は乱れて膝までかかり、白眼をつり上げて、熱い息を荒々しく吐き出すご様子がいかにも苦し気である。(学研M文庫「 雨月物語後藤明生・著 22ページより)

 

雨月物語 (学研M文庫)

 

前回の記事で予告した通り、「節分におすすめな鬼の本」今回はノワール(黒)編と題して、ダークな鬼の物語を3篇ご紹介します。

 

※前回「ブラン(白)編」はこちら

 

今回ご紹介する3篇は、学研M文庫の「 雨月物語」に収録されている「白峯」「 吉備津の釜」「青頭巾」です。

この学研M文庫「 雨月物語」は江戸時代中期に上田秋成が著した「 雨月物語」を、作家の後藤明生氏が現代語訳した文庫版です。簡潔な現代語訳なので、とても読みやすいです。

 

雨月物語 (学研M文庫)

雨月物語 (学研M文庫)

 

 

  

目次

 

①「白峯」

  • 「白峯 キーワード」
  • 「白峯 あらすじ」 

②「吉備津の釜

③「青頭巾」

  • 「青頭巾 キーワード」
  • 「青頭巾 あらすじ」

④「味わいポイント」

  •  妄念、これに尽きる

 

 

 

①「白峯」

「白峯」キーワード

旅の僧  流刑   祟り  怨霊   戦乱   魔道    源平

 

「白峯」あらすじ

仁安3年(1168年)の秋、西行は西国への旅に出る。讃岐に入った西行は暫くこの地に留まる事とし、庵を結ぶ。庵からほど近い白峯に、都を追われ非業の最期を遂げた崇徳院の御陵があると聞き、是非とも参詣のうえ夜通しの供養をしようと白峯に出かける西行。山深い夜の御陵で読経をしていると、西行を呼ぶ声がして・・・。

 

 

 ②「吉備津の釜

 

吉備津の釜」キーワード

不身持ちな男  大釜    凶兆       

新妻  裏切り   

生霊  護符 

物忌  42日間 

髻(もとどり)

 

吉備津の釜」あらすじ

むかし、吉備の国に井沢正太郎という男がいた。怠け者で酒色にも溺れる始末。そこで両親は良家の出で、器量よしの嫁をもらってやれば正太郎の不身持も治まるだろうと、吉備神社神主の香央(かさだ)氏の娘との縁談を取りまとめる。香央家では大事を決める際に「 御釜祓いの神事」を行う事になっている。神前の大釜に湯を沸かし、湧き上がる際に釜の鳴る音が牛が吼えるように大きく鳴れば吉兆。反対に釜の音が鳴らなければ凶兆。果たして、大釜は何の音も立てなかった・・・。しかし、婚姻は強硬に進められた。新妻の磯良(いそら)は働き者で、夫の正太郎にも細やかな心遣いをしたが、正太郎の不身持は治まらず別に女を作って出奔してしまう。この裏切りに磯良は・・。

 

 

③「青頭巾」

「青頭巾」キーワード

 諸国遍歴の僧 住職 破れ寺 童子 寵愛 乱心 食人鬼 紺染め頭巾 証道歌

 

「青頭巾」あらすじ

 むかし、快庵禅師という高僧が奥州への旅の途中、下野のある村に入る。すると村人たちは禅師の姿を見るなり「鬼が来た」と怯えて隠れてしまう。やっと一人の村人から事情を聞くと、村にほど近い山の上にある寺の住職と勘違いしたとのこと。この住職は、以前は村人たちが深く帰依する立派な僧だった。ある日、北陸の国に招かれ訪れた際、住職は一人の童子を連れて帰る。住職はこの美しい童子を深く寵愛する。しかし、童子はふとした拍子に病にかかり、住職の願いもむなしく亡くなってしまった。すると住職は、童子の亡骸を生きている頃と同じように扱い、やがて腐乱が始まると、その亡骸が朽ちていくのを惜しんで肉を食らいつくしてしまった。乱心し、鬼と化した住職は、夜な夜な村へ降りては人を襲い肉を食らうようになったという。この話を聞いた快庵禅師は、住職と相対するため、山寺へ向かう・・・。

 

 

④味わいポイント

 妄念、これに尽きる

 

 前回のブラン(白)編でご紹介した2作とは、まったくもって真逆の「これに尽きる」です。

 

「白峯」「 吉備津の釜」「青頭巾」面白いことに今回の3編も、素因数分解すると3つとも同じ共通項で括れる気がします。「執念」より更に強い「妄念」とまで言えましょうか。

 

「白峯」は権力への妄念

 

「白峯」に出てくる鬼は、崇徳院の怨霊

歴史好きな人は崇徳院の怨霊伝説」をご存知かもしれませんね。

ちなみに「 崇徳院」で検索すると、こんな絵が出てきます。

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まさに「鬼」ですね。彼の身にいったい何があったのでしょうか。

 

白峯で西行の前に姿を現した崇徳院の亡霊。はじめは自分のために読経を上げてくれた西行に感謝しますが、未だ成仏せずに彷徨っている事に西行が諫言を発すると、途端に怨恨の数々を吐き出します。

 

聡明で人望厚い帝として臣民に慕われていたのに、父である前帝から、父の寵愛する妃の子に譲位するよう迫られたこと

 

その妃の子が17歳で崩御した後、当然に自分の息子が即位するべきはずのところ、またもや陰謀により、今度は弟が即位してしまったこと

 

保元の乱で弟帝との戦いに敗れた後、皇族でありながら遠国への流刑という滅多にない厳しい沙汰を受けたこと

 

流刑の後、自身は都へ一生帰れなくともせめて写経の筆跡だけでも奉納して欲しいと書き送った写経を、呪詛が込められていると疑われ、送り返されたこと

 

西行に怨恨の数々を吐き出した崇徳院は、西行想像を凌駕する正体を明かします。保元の乱の後に起こった平治の乱を引き起こしたのも、父帝が寵愛した美福門院をはじめ自分を貶めた人物達を死に追いやったのも、全て自分の祟りであったと。

崇徳院は既に魔道に入り、と化していたのです。

 

「白峯」の“鬼”となった妄念は、帝位という権力への妄念だったのかなと思います。

ただ、よくよく歴史を調べれば分かるのですが、父の鳥羽上皇・美福門院・信西など崇徳院を貶めた側陰謀や執着の方がはるかにダークで、崇徳院の妄念は彼らの写し鏡の様な気がしてなりません。

 

 

吉備津の釜」は愛への妄念

 

吉備津の釜」で鬼となってしまうのは、新妻の磯良。

 

この健気で優しかった磯良と、鬼になった磯良の落差が凄いです。

 

名門の神主の家から農家の家へ嫁いだ磯良。言ってみれば降嫁に等しい縁組なわけですが、まったくお高く留まったところが無く優しく働き者で、正太郎の両親も本当に良い嫁をもらったと大層喜びます。正太郎自身も(まあ美人ですし)そんな磯良にすっかり惚れ込んで仲睦まじい夫婦として生活しています。

 

しかし、正太郎の浮気性が治る事は無く、またいつの頃からか袖という遊女のもとに通うようになり、挙句に身請けして妾宅を作ってしまいます。

正太郎の両親も磯良も憤慨しますが、それでも磯良は両親によって座敷牢に閉じ込められてしまった正太郎を哀れに思ってあれこれと面倒をみてやるばかりか、なんと妾の袖にも両親に内緒で物を送ってやるのです。

 

しかし、正太郎のダメ人間ぶりは磯良はもちろん、読者の想像をも絶するのではないでしょうかw

父親が留守の隙に座敷牢から磯良に向かって、正太郎はこんな甘言を吐くのです。「あなたの真心を見て、とても後悔している。あの袖という女は不幸な身の上なのでつい情けをかけてしまった。この上は良い働き口の見つかりそうな都へ送ってやりたい。申し訳ないが必要な物を袖に恵んでやってくれないか。」と。

磯良は喜んで「私にお任せください。」と里の両親に嘘をついてまで金の工面をしてしまうのです。

・・・そしてそうです。正太郎はこの金を使って、とうとう袖と出奔してしまうのです。

 

磯良が正太郎にここまでしてしまうのは、何故でしょうか。

やはり愛されたかったのだろうなと。最初の頃は仲睦まじく、愛を知っていただけに尚更「いつかはまた・・・。」という妄念が生まれてしまったのでしょうか。

 

この愛が、裏切りによって引っくり返った時の恐ろしさは・・・。

どちらかというと淡泊なブログ主には膝ガクガクものの妄念でした。是非本編でご確認を。いや、マジデオソロシイ((((;゚Д゚)))))))

でも、やっぱり磯良の鬼も正太郎の写し鏡の様な気がしてなりません。正太郎もここまで妻を騙して良心を踏みにじってまで愛人と出奔する、その姿はまさしく愛への妄念そのものではありませんか?

 

 

「青頭巾」は美への妄念

なんとラストの鬼は徳を積んだはずのお坊さんです

 

主人公の快庵禅師が奥州への旅の途中で立ち寄ったとある村。夜な夜な現れる食人鬼の正体は、なんと村人たちが慕っていた住職だったー。

 

北陸の国から一人の童子を連れ帰り、身の回りの世話をさせるようになった頃から、修行一筋だった住職の様子が少し変わってきたという村人。

この童子は歳の頃は12,3歳で大変な美少年であったとの事。(うん。何か嫌な予感がしますが敢えて触れませんw)

 

正直、この住職の鬼が一番怖かったです

 

早速、住職のいる破れ寺を訪れ一宿を頼む快庵禅師。最初は何もない荒れ果てた寺だからと断る住職。なおも頼み込む快庵に折れて「御僧の好きになされよ。」と言ってから一切口を利かない住職。快庵も口を開かずただ住職の傍らに座り込み、やがて日が暮れます。

・・・村で聞いた食人鬼などというおどろおどろしい噂とはまるで違う、静かな住職の様子。真夜中になり玲瓏とした月光が刺す頃、それが一変します。

自室に退いていた住職が、やにわに出てきて探し回るのです

「糞坊主め、どこに隠れやがったか。確かこのあたりにいたはずなのだが」と叫びながら。

一晩中ぐるぐると探し回るものの、どうしても快庵を探し出せずに疲れ果てて倒れこむうちに夜が明ける。果たして、快庵は昨夜座っていた場所から一歩も動かず同じように座っていた・・・。呆然とその様子を見つめていた住職ですが、やはり腐っても僧。すぐに悟ります。

「御僧はまことの仏でございます。自分の鬼畜のような曇った目で、生き仏を見ようとしても、見えないのが当然ということでしょう。」

 

静かな様子だった住職が一変してけだものの様に快庵を探し回る様子が恐ろしい。しかしそれ以上に恐ろしいのが、他2篇の鬼と違ってこの住職の鬼は俯瞰できているんです。鬼になった自分のことを。俯瞰できていながら、この苦境から逃れられないでいるのが、とても恐ろしく感じました。それほど、失ってしまった「美」への妄念は徳を積んだ者でさえも飲み込んでしまうのか、と。

 

何とかこの苦境から逃れたいと救いを乞う住職に、快庵禅師は自分の紺染めの頭巾を住職に被せて次の証道歌を授けます。

月照松風吹

( 江月照らし

 松風吹く)

永夜清宵何所為

(永夜清宵

 何の所為ぞ)

「よいか、その方、この場を動かずに、じっくりとこの二句の真意を探求するのだ。それの解けたときが、すなわち本来の仏心に立ち帰るときなのである」

(本文159ページより)

 

そして、そのまま山を下りて旅路に戻った快庵禅師。1年後、奥州からの帰路に再びこの寺を訪れた快庵が見たものは・・・。是非、本編でご確認下さい。ブログ主的には3篇の中で一番余韻の残るラストでした。

 

 

 

~*~*~*~*~*~*

という事で、2回にわたって「節分におすすめな鬼の本」をご紹介しました。

 

いや、ノワール編は本当にノワールでした。前回のブラン編の真逆でした。ブログをまとめながら、ふと思いました。「権力」「愛」「美」どれも大人になる過程でどうしても憑かれやすい三大要素だよな、と。あまりにもこれらに執着した時に鬼になるのかな。

 

 

次回以降はバレンタインにおすすめの小説を増強していきたいと考えています。

今後とも何卒良しなに。

 

 

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