小説ア・ラ・カルト 〜季節と気分で選ぶ小説(時々映画)〜

季節と気分に合わせた読書&映画鑑賞の提案

春におすすめ出会いの小説①友情編「わすれなぐさ」吉屋信子・著

 

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相庭陽子さん。美しい人、飛切りのおしゃれです。軟派の中の女王です。級(クラス)でのニックネームはクレオパトラ

 

佐伯一枝さん。これは硬派の大将、まさに全級一の模範生です。ニックネームはロボット、すなわち人造人間ですって、

 

弓削牧子。これは個人主義の雄なる者、ご気性は無口で風変わりなんだそうです。これはニックネームなし、ただ(弓削さん)と言っただけでもう厳粛そのものの感じなのだそうです。

 

河出文庫「わすれなぐさ」吉屋信子・著 13~15ページ)

 

 

 

 

皆様こんにちは。ブログ主の住む地域では桜も葉桜になり、いよいよ春風駘蕩・春爛漫な季節到来です。

 

しかし、そんな中とうとうブログ主の職場も先週からテレワークが始まり、事務所には隔日出勤となりました。

 

何回も思っていますが、今年の春は本当に大変な幕開けとなってしまいました。

幼稚園、保育園や学校も休園・休校を延長するところが多いようですね。

 

しかし、人生の門出に立つ人たちが新たな出会いを果たす、そんな場面がきっと戻ってくるー。

その希望も込めて、今回からは『春におすすめ出会いの小説』をご紹介していきます。

 

本日ご紹介するのは吉屋信子(1896年~1973年)の『わすれなぐさ』です。

 

 

目次

  • 「わすれなぐさ」キーワード
  • 登場人物紹介
  • 「わすれなぐさ」あらすじ
  • 味わいポイント

  ①上品で香り高い文体を楽しむ

  文体とは裏腹(?)な自由奔放さ

  ③戦前に女性の「 アイデンティティ」に着目した稀有さ

  • 余談ですが・・・

 『わすれなぐさ』×『弥生美術館』

 

 

「わすれなぐさ」 キーワード

女学校 軟派の女王

個人主義

硬派の大将 

わすれなぐさ 誕生日会 水泳宿舎 横浜ドライブ 

我ら何をなすべきか 友情

 

 

登場人物紹介

  • 相庭陽子・・・実業家の娘。クラスの1/3を占める「軟派」の女王。綽名はクレオパトラ
  • 佐伯一枝・・・亡き父は軍人。クラスの1/3を占める「硬派」の大将。綽名はロボット。
  • 弓削牧子・・・主人公。父は教授。学内でも数の少ない「 個人主義者」の雄なる者。綽名はない。

 

 

 「わすれなぐさ」 あらすじ

東京のとある女学校。学内には主に3つのタイプの学生がいる。一つが「軟派」。これは勉学よりも断然映画や劇場、オシャレを貴ぶ一派。軟派に対抗するのが「硬派」。これは脇目も振らず勉学に励み、学校の名誉を重んじる一派。いま一つが「 自由主義者」。これは普段はそこそこ遊び、試験が近くなると勉強に目を白黒させる凡人。しかし、この3タイプ以外に、きわめて少人数の「個人主義者」が存在する。これは独立した精神の持ち主でどこにも属さないタイプ。

無口で風変わりな「 個人主義者」弓削牧子は、ひょんなことから「軟派の女王」相庭陽子に気に入られてしまい、その華やかな世界に引き込まれる。しかし一方で、凛とした「硬派の大将」佐伯一枝のことも気になる。

わすれなぐさの香水、夏休みの水泳宿舎、港町へのドライブ・・・。昭和初期の浪漫漂うなかで繰りひろげられる、乙女たちの友情の行方は・・・。

 

 

わすれなぐさ (河出文庫)

わすれなぐさ (河出文庫)

  • 作者:吉屋 信子
  • 発売日: 2010/03/05
  • メディア: 文庫
 

 

 

 

「わすれなぐさ」 味わいポイント

①上品で香り高い文体を楽しむ

 本作の初出は昭和7年(1932年)。88年前の作品です。やはり現代とは文体が少し異なります。

本作は「少女の友」という妙齢乙女向けの雑誌に掲載されていた作品です。文豪の作品と異なり、大衆小説の趣が強い作品です。より“本当の当時(特に女学生ライフ)”を垣間見る事ができるのではないでしょうか。

放課後一時にひしめき合う昇降口近くで牧子は一枝の姿を認めると、

「佐伯さん」と呼びとめました。

つまり個人主義者がいとも厳粛に硬派の大将様を呼び止めたわけなのです。

「はい」 さすがは硬派のスターです。はいと正確そのものの御返事をして直立不動の姿勢でぴたりと歩みを止めました。

「あの、拝借させて戴けて?私の二三日お休みした間のノートを」 (15~16ページより)

 

「弓削さん、ちょっと」 これは又軟派の女王が個人主義者のピカ一の牧子を呼んだわけです。

「あのね、私のお誕生日に来て戴けて?」

「ね、今年はどうしても貴女にいらっして戴くつもりなのよ、よくって?」 とこれはひどく高圧的です。

「私いますぐ御返事出来ませんの」 きっぱり牧子がこんな風に初めて口をききました。

「そう、だけどどうしてもいらっして頂戴よ」 (17~18ページより)

 

以上の引用は牧子が陽子と一枝、それぞれと初めて言葉を交わす場面です。

当時の女学生って同級生同士でもこんな上品で淑やかな言葉遣いをしていたんですね。

 

また、登場人物たちの言動以外の描写も、現代には無いどこか香り高い雰囲気を纏っています。

広い裏庭の立樹の青葉は匂って、五月の夜、初夏の夜の空気は青葉のむせかえる匂いをこめて何か官能的にもの思わしめる宵だった。 (44ページより)

 

赤い旗の向こうのよせ来る大波小波を小気味よく抜きつつ、今し浮かぶ黄と白の海水帽が、流れる鞠のように小さくならんで見える。 (109ページより)

 

主人公の牧子はじめ、当時の女学生たちの上品で淑やかな言葉遣い・所作や香り高い描写を味わってみてはいかがでしょうか。

 

 

②文体とは裏腹(?)な自由奔放さ

 

 一見、淑やかで上品なのですが、その文体とは裏腹(?)に当時の女学生は意外とのびのび・自由奔放です。

この自由奔放さは主に軟派の女王である陽子が担っています。陽子は学校にも化粧品(コティの棒紅とコンパクト)を持参し、時には授業をさぼって映画や劇場に足を運んでいます。更には自家用車で牧子を港町横浜へ誘い出します。そこでは学生の身分でありながらブティックでスタイルブックから洋服をオーダーメイドしたり、ホテルのダイニングでカクテルを勧める場面も。そして帰路では警察が非常線を張っている所に遭遇してしまい、驕慢な陽子はなんと・・・(顛末は是非本編でご確認をw)。

ブティックやカクテルはともかく、「ブラック校則」なるものが存在する現代よりも、よほどのびのび・自由奔放な感すらあります。

当然、そんな陽子ですから教師など恐るるに足らずの境地です。夏休みの水泳合宿では赤い旗の向こうに行ってはならないという教師の言葉に

「牧子さん、波に身体をどんと打たれて見なければ、海へ来た甲斐ありやしないわ、いっそお風呂の中で浮いてるほうが気が利いてるでしょう」 (106ページより)

 

「大丈夫よ、ついていらっしゃい!」 (108ページより)

 

こんな調子で、陽子は何でもカラカラと不敵に笑い飛ばして突き進みます。この陽子の存在が、単にお上品で淑やかなだけでなく、明るく自由奔放な風を本作に吹き込んでいます。

 

 

③戦前に女性の「 アイデンティティ」に着目した稀有さ

一方、陽子の対局「硬派の大将」たる一枝、そして陽子と一枝の間で揺れ動く主人公の牧子はというと・・・。 

 

まず硬派の大将の一枝を一番よく表している場面をご紹介しましょう。

「それ差し上げますわ」

陽子はこう言って明るい笑い声を立てた。一枝の前にひらひらと白い翅(つばさ)の雛鳥のように匂やかに半巾(ハンカチ)は舞い落ちた。

何か辱めを受けたように一枝はきっと唇を引き結んで蒼白い面持ちで石垣の上の二人を見上げたが、黙ってその半巾をひろうや、丁寧に四つに畳んで石垣の上に載せて、ものも言わずくるりと向こうを向いてさっさと行き過ぎていく (46~47ページより)

陽子が一枝をからかって、その行く手にわすれなぐさの香水を染ませたハンカチを振り落す場面。

感情をぐっと抑え込んで冷静に毅然とした態度を貫く、それが一枝です。

一枝の亡き父は軍人で、残された家族は一枝の他には母と弟の光夫、妹の雪江という家庭環境です。父は子供たちに遺言を残しており、母は後生大事にこの遺言を毎夜聞かせるのです。

父は弟には「お前はただ一人の男の子。お前の成長にいかに望みをかけているか」「お前は壮健に育ち父の遺志をついで軍人になり」云々と遺している一方で、一枝には

「一枝に。 お前は長女ですから、責任が重い、父亡き後は母さんを助けて~略~父のあとを継がせる大事な男の子の光夫の為にも、末の子の幼い雪江の為にも善き姉として一生尽くして欲しい。場合によっては弟妹のためには犠牲になる精神でいて貰いたい。父は切に頼むー」 (52ページより)

 

この遺言が一枝を縛り付けています。しかし、心中では母が遺言に従い、男の子の弟のみを大事にし、自分や妹が自然粗末に扱われることに対して「おかしい」と語り、遺言そのものを否定する場面がはっきりと描かれています。

 

次に個人主義者の主人公、牧子をよく表している場面をご紹介してみます。

百貨店に買い物に来ていた牧子は、本屋でとある洋書の背表紙に惹かれます。

What should wedo

(我ら何をなすべきか と訳すのかもしれない、きっと)~略~

ほんとに私達は人間として生まれて、何をしなければいけないのだろう、早くそれが知りたい、人間は、牧子はー (72ページより)

帰宅した牧子は早速、母にその本について「どんな事が書いてあるのか、早く読める様になりたい」と知識欲に目を輝かして話します。牧子の母は「それは多分トルストイの論文ではないか」「早く読んで母さんに聞かせて頂戴」と娘の知識欲に応じます。

しかし、傍で聞いていた父親と父の来客である青年が牧子にこう言い放ちます。

「牧子、そんな本は読まないでも、わかっているよ。人間は何をなすべきか。その人の義務はただ、男は頭をよくして学問で科学であらゆることで研究をして業をなし人類社会に貢献しなければならないのだ、そして女は結婚して家庭をおさめ子を養育する天職が義務だ。ただそれだけの話だよ、わかったか」

 「お嬢さん、つまり女学校ではその義務について女の子達を教育しているのですよ」

(74~75ページより)

この父と青年の言葉に、牧子は心中ではこう反発します。

牧子はじっと考えた。

ーいいえ、ちがう。きっと外にいろいろのことがあるのよ、女性のためにも何をなすべきか、たくさん、まだ心の踊るように生々(いきいき)したことが書いてあるのにちがいないー。(75ページより)

 

物語終盤で、牧子は父親に自分の意見をはっきり述べるところまで進みます。

一枝と牧子(特に牧子)は戦前のこの時代にあって、女性もアイデンティティや個性を持って当然だとはっきり伝える存在として描かれています。おそらく作者である吉屋信子自身の考えが色濃く反映されており、一枝や牧子の葛藤はそのまま世間への、信子のメッセージだと思います。

 

 

 

文体はあくまで上品で淑やかな「古き良き」香り高さ。しかしそのメッセージは現代にも通じるような鋭い「先見性」を兼ね備えた作品でもある本作。

個性の異なる3人の乙女たちが、やがて友情を結ぶ王道の友情小説でありながら、その過程で自我を確立していく様子を巧みに織り交ぜて、時代に先駆けたメッセージを残すことに成功した本作。本当に稀有な少女小説だと思います。色褪せず今日まで出版され続けているのがその証です。

 

この春は是非、永遠の友情小説「わすれなぐさ」を手に取ってみてはいかがでしょう。

 

 

次回は『春におすすめ出会いの小説②ライバル編』に移行しようと思っていたのですが、もしかするとその前に『友情編』をもう1冊ご紹介するかもしれません。

 

 

余談ですが・・・

 

『わすれなぐさ』× 『弥生美術館』

ブログ主は本作「わすれなぐさ」がきっかけで、大正~昭和初期の文化に俄然興味が湧き、こんな本を持っています。

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左から『大正・昭和乙女らいふ 女學生手帖( 内田静枝・編)河出書房新社』 『 竹久夢二 大正モダン・デザインブック(石川桂子・谷口朋子・編)河出書房新社』 『モダンガール大図鑑 大正・昭和のおしゃれ女子( 生田誠・著)河出書房新社

 

 いずれも編者や協力者として「 竹久夢二美術館・弥生美術館」の学芸員の方が携わっている事から、この美術館にも興味を持って何度か訪れています。「わすれなぐさ」の時代に想いを馳せる事が出来る、お気に入りの美術館です。

もし「わすれなぐさ」が気に入りましたら、そしてコロナが収束した暁には、是非訪れてみてはいかがでしょうか。

 ↓美術館公式HP

http://www.yayoi-yumeji-museum.jp/#

 

 

 

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