ア・ラ・カルト〜季節と気分で選ぶ小説&映画〜

季節と気分に合わせた読書&映画鑑賞の提案

夏の始まりにレトロで幻想的な「現代版・雪渡り」を。「夏至祭」長野まゆみ・著

今夜は秘密を持つ夜にふさわしい月が出ている。まもなく北西の地平に沈むところだ。天蓋は群青に澄み、ゆっくりと回転しはじめた。

河出書房新社夏至祭」長野まゆみ・著 22頁より)

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ご紹介する小説は、長野まゆみさんの夏至祭」です。

河出書房新社から単行本と文庫本が出版されています。

 

夏至祭」(長野まゆみ・著)キーワード

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あらすじ

 

夏至近くのある夕暮れ。月彦は以前から気になっていた空家に灯りが点っているのを見つけ、そこに住み着いた二人の少年、銀色と黒蜜糖と知り合う。銀色はそつが無く、きちんとした性格だが少々冷淡で神経質。黒蜜糖は無邪気で天真爛漫だが、よくヘマをする。二人から夕食に呼ばれた月彦は、その食卓で聞いた半夏生の晩に開かれるという「夏至祭」の事が気になり・・・。

 

味わいポイント

といえば長野まゆみ作品!というくらいはまっている作家さんです。実際、夏が舞台の作品が多いですが、その中でも夏至祭」傑出した作品です。

夏至間近から半夏生過ぎ、即ち6月下旬から7月上旬までの夏の初め頃が舞台なので、ブログ主的には、この「夏至祭」で夏が始まるとさえ言える作品です。

 

夏なのに耽美かつ無機質、そしてレトロ

 

これだけ夏夏と言っていますが、同じく夏におすすめの小説として紹介したサマータイムとは異なり、情熱的な部分欠片も無いです。

夏至祭」という題名の77頁からなる本作、その一場面、その一段落、その一文、その一単語・・・。どれだけ小さく千切ってみても美しさは不変です。

最少物質からして選び抜かれた極上の言葉で創り上げられ、存在する完璧な物語。美しさに傾倒した、耽美、と言っても過言ではないでしょう。

 

 

物語は、夏至が間近に迫ったある初夏の夕暮れから始まります。主人公の月彦は亡くなった祖父譲りの腕時計が今年も狂いだしたのに気付きます。

路面電車は藤紫の薄闇の中を走っていた。窓越しにミシン工場の夜間照明が⋯紅玉(ルビー)のように点滅して⋯月彦は、ちらッと自分の腕時計に目を落とした。」(本文9頁より)

「菖蒲の咲き初めるころから時計の動きに注意していた。⋯ついに針の止まるときが来た。路面電車は滑らかに停車場に入線してパンタグラフは火花を散らす。青白い珠が御影石の舗道を転がった。」(本文10頁より)

土星と金星のあいだに切先の鋭い月がある。あと一週間もしないうちに夏至だ。」(本文10頁より)

こんな具合の流麗な装飾を幾重にも施されています。しかもこの装飾は、赤く点滅するミシン工場の夜間照明だの、豆ランプに照らされた大時計だの、夜間飛行の飛行機だの、ガラス壜に詰められた赤い果実酒の影だの、夜半に粉雪のように咲き散っている棠梨(ずみ)の木やひっそりと芳香を漂わせる芍薬の花だの、何とも言えず人為を感じられない代物ばかり。無機質硬度が極めて高い、まるで鉱物のような代物ばかりです。

物語自体も、月彦が空家であるはずの屋敷に二人の少年が住みついた事を知り、幾度かの交流を経て彼らとともに年に一度の夏至祭に呼ばれ、祭の直後に彼らの出発・別れの時が迫っているのを知り、そして最後は彼らの正体を見届けて出発を見送る。三人の間にはたしかな交流はあったものの、いわゆる「ツヨクカタイキヅナ、ユウジョウ」で結ばれるといった人情味感情面あまりありません

 

長野氏の作品には、本作も含めて鉱物がモチーフとして登場する作品が多いですが、(本作でも紅玉(ルビー)御影石月長石という名詞が出てきます。)本作自体がどこか鉱物のような印象を受けます。完璧な美しい世界観を誇ると同時に血肉体温現実味も無い、冷たく澄みきり決して手の届かない世界観。幻想小説の骨頂と言えるでしょう。

 

更に幻想感に拍車を掛けるのが、時代設定です。

「ミシン工場」「路面電車」「電話局」「豆洋燈(ランプ)」「ミシンを踏む」

こんな名称が随所に登場します。

はっきりとした時代は示されず、現実の時代史上の区分を当てはめること自体が適切か否か分からないところではありますが、大正あるいは昭和を髣髴とさせます。

我々現代人が耳にすると、月並みに言えばノスタルジック・レトロと感じる時代です。過ぎ去ってしまった二度と戻って来ない時代感は、決して手の届かない世界観に直結して、更に本作を幻想たらしめています。

 

初夏の夕暮れに、あるいはどうしようもなく幻想的・ノスタルジックな気分に浸りたいときに味わってみてはいかがでしょう。

 

 

余談ですが…
本作に出会ってから、毎年「梅仕事」をするようになりました。
初夏の設定なので、梅仕事をする母親や祖母の描写があります。また、祖母と月彦が、夜の庭に簡易椅子を出してきて、二人で小さな硝子洋盃(コップ)に注いだ果実酒(たぶん梅酒)を味わうシーンがあります。会話は無いのですが、ほんのりと温かみのあるシーンで、特に気に入っているシーンの一つです。

↓今年作った梅酒。もうそろそろ飲み頃です。

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