掌に覆われた顔が暗くなり、指の隙間から眼球がのぞいていた。私は驚いて彼の仕草を見つめた。「狐の面だよ」彼は言った。
(新潮社「きつねのはなし」森見登美彦・著30頁より)
ご紹介する小説は、森見登美彦さんの「きつねのはなし」です。
目次
- 「きつねのはなし」キーワード
- あらすじ
- 味わいポイント
「きつねのはなし」キーワード
じわじわくる恐怖 和 京都 キツネ
大学生の青年 骨董品店
黒髪の女性店主
ケモノ
あらすじ
表題作「きつねのはなし」の他、「果実の中の龍」、「魔」、「水神」の4編を収録した連作短編集。
「きつねのはなし」
京都一乗寺にある骨董品店「芳蓮堂」でバイトをしている大学生の青年が主人公。
ある日、店主のナツメさんから得意先である天城さんへの使いを頼まれる。
「決して中を見ない様に」と託された品物を届けて以来、天城さんを度々訪問する様になるが、この初老の男性に言い知れぬ不快さと不気味さを覚える。ナツメさんに「天城さんからは、どんな些細な頼まれ事でも引き受けてはならない」と言われていたにも拘らず、ストーブを譲って欲しいという彼の頼みを引き受けてしまう…。
「果実の中の龍」
シルクロードを旅するなど大学生にして経験豊富な先輩と、先輩の話しに魅入られていく一回生の後輩を描く。
「魔」
高校生剣士の家庭教師をしている青年が、小暗い影の付きまとう通り魔事件に巻き込まれていく様子を描く。
「水神」
祖父の通夜、主人公の青年は父や叔父達と寝ずの番をしている。祖父の遺言により、芳蓮堂に預けた家宝が届くという。深夜、芳蓮堂主人のナツメと名乗る若い女性が届けたのは、一壜の水だった…。
味わいポイント
ここ数年、夏に読みたくなる小説と言えば長野まゆみさんと並んで、森見登美彦さんという構図が出来つつあります。
「夜は短し歩けよ乙女」の様な軽快な乱痴気騒ぎを楽しむ印象が強い同氏の作品の中で、「宵山万華鏡」を読んだ時に、実はホラーの名手ではと感じていました。
夏にピッタリのホラーを期待して、満を持して手にした本作。期待以上のピッタリ感でした。
4編の中で特に好きなのは「きつねのはなし」です。主人公の青年と一緒に、読み手のこちらまで天城にじわじわと絡め取られていく様な不快感を覚えていきます。そのじわじわとした不快感が恐怖となって一気に脳天へ突き上げてくる場面があるのです。
どのお話も、恐怖対象がはっきりと描かれるわけではありません。異形のバケモノとか幽霊とか、分かりやすいものがはっきり描かれるわけでは無いのです。…切れかけた街灯の明滅の合間に何者かが佇んでいる様な、模糊とした恐怖です。
天城の身に何があったのか、人の様な目と歯を持つイタチに似たケモノは何だったのか、キツネの面には何が込められているのか。
しかし、一番不可解な存在は、実は芳蓮堂主人たるナツメさんの様な気がするのです。この女性は一体、何者なのだろう、と。
是非、真夏の夜に寝室で、じわじわと効いてくる恐怖を味わってはいかがでしょう。
※追記
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和風ホラー小説もいいけれど、西洋のゴシックホラー小説も読みたい、という方。
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