ア・ラ・カルト〜季節と気分で選ぶ小説&映画〜

季節と気分に合わせた読書&映画鑑賞の提案

闇夜が長くなるハロウィーンから冬至にかけて稀代の名手によるゴシックホラー小説を。「幽霊」イーディス・ウォートン 著

ようやく灯りをつけ、ベッドから飛び出しました。夢を見ていたに違いないと思い始めましたが、壁に下がった呼び鈴を見ると、まだ揺れているではありませんか。

 (作品社「幽霊」イーディス・ウォートン著 145頁より)

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ご紹介する小説は、アメリカ人作家イーディス・ウォートンの「幽霊」です。

作品社から単行本が出版されています。

 

「幽霊」(イーディス・ウォートン著)キーワード

秋・冬におすすめの小説 静謐な恐怖 ハロウィーンにおすすめの小説 

ホラー小説(西洋・ゴシックホラー) 抑圧的な夫 貴婦人 屋敷 小間使い 手紙 飼い犬  甘美

 

あらすじ

 

 

アメリカ人作家イーディス・ウォートン(Edith・Wharton1862年~1937年)のゴシックホラー短編集。「カーフォル」「祈りの侯爵夫人」「ジョーンズ氏」「小間使いを呼ぶベル」「柘榴の種」「ホルバインにならって」「万霊節」を収録。

 

カーフォル

 

フランスの中でもケルト文化色濃いブルターニュが舞台。

ある男がブルターニュのカーフォルにある古い屋敷を友人にすすめられ、下見に出かける。しかし、管理人の姿が無い。仕方なく入り口を探して庭に入ると奇妙な犬の一団に出くわすが、なお管理人は現れず・・。翌日、友人からその屋敷にまつわる古文書を手に入れた。そこには、かつてこの屋敷の主だったイーヴ・ド・コルノーと、この初老の男爵に見初められ結婚したうら若いアンヌ・ド・コルノーの数奇な運命が綴られていた・・・。

祈りの侯爵夫人

北イタリアが舞台。

ある男が年寄りの管理人から、かつての侯爵ヴィラ(別荘)の説明を受けている。薄れたフレスコ画や廃墟と化した寺院を見物して回っている途中、200年前の侯爵エルコーレ2世の奥方だという貴婦人の肖像画を見る。優雅な物腰で女神のように微笑んでいる絵だった。しかし、続いて入った礼拝堂に置かれた侯爵夫人の彫像の顔を覗き込んだ男は言葉を失う。そこには凍りつくような恐怖の表情があった。更に奇妙なことに、管理人が言うには以前はあんな表情ではなかったという。礼拝堂から出た管理人は男に祖母から聞いたというエルコーレ2世とその奥方の話を聞かせる・・・。

ジョーンズ氏

イングランド南部が舞台。

活動的で自立心に富んだレディ・ジェイン・リンカはサデニーにあるベルズ屋敷を相続することになり、早速車で訪れる。屋敷に入る前に礼拝堂を見てみると、他より装飾の少ない石棺が目につく。1828年にアレッポで病没したぺリグリン・リンカの名が刻まれていたが、そのすぐ下のスペースがないところに無理に「及びその妻」とひきつった文字で綴られていた。

屋敷内を見せてもらおうとしたが、応対した若い小間使いに「ジョーンズさんがどなたにも見せてはならないと言う。」との理由でその日は門前払いされてしまう。

ジェインは友人の小説家ストラマーを伴い、やっと屋敷内に入るが、屋敷を取り仕切っている家政婦のミセス・クレムはことあるごとに「ジョーンズさん」を持ち出し、ジェインの行動を規制しようとする。やがて2人は1815年から1835年までの屋敷の記録がないことに気づく・・・。

小間使いを呼ぶベル

アメリカのハドソン河畔が舞台。

主人公ハートリーは知人のすすめでハドソン河畔のブリムプトン屋敷で、奥方付きの小間使いとして勤めることになる。奥方は心優しく召使から崇められているほどだが、体が弱く、前の小間使いを亡くしてから寂しい思いをしているという。早速屋敷に赴いたハートリーだが、廊下でじっと目で追ってくる奇妙な女中に遭遇する。更に奇妙なことに、奥方が御用の時にはベルは使わず女中を寄越すという。滅多に屋敷に帰って来ず、帰ってきても辛辣な態度で接する夫に代わり、奥方の心の拠り所は、近くに住む夫の友人の紳士、ランフォード氏と会うときくらいであった。

奥方は優しく、他の使用人たちも親切で、勤めは順風満帆だった。しかし、ある日の深夜、鳴らされないはずのベルがけたたましく鳴り響き・・。

柘榴の種

ニューヨーク市街が舞台。

シャーロットは前妻と死別したケネスと再婚して1年余り経つが、ある事に心穏やかでない。それはハネムーンから帰った日以来、度々届くケネス宛の手紙であった。その手紙は肉太なのに薄い色の文字で宛名が記されていた。そして、いつもその手紙を読んだ後のケネスは老け込んだように見えるほど疲れていた。ある日、シャーロットは手紙の差出人を夫に問い詰めるが、結局教えてはくれなかった。

シャーロットは夫を外に連れ出そうと、休暇を取って旅行に行くことを告げる。最初は激しく拒絶したケネスだったが、妻の強い気持ちを前に最後は一緒に出掛けることを承諾するが・・。

ホルバインにならって

ニューヨークが舞台。

アンソン・ウォーリーはかつてニューヨーク社交界で持てはやされた紳士だったが、今では高齢になり、関節も思考力も悪くなっている。にも関わらず、本人は若い頃と変わらないと頑固に思い続けており、ある雪の夜に召使が止めるのも聞かず、徒歩で外出するが、途中でどこに向かうのか忘れてしまう。一方、こちらもかつての社交界のもてなし女王と呼ばれたジャスパー夫人。夫人も今では高齢のため、認知力が鈍り、相変わらず昔通りに着飾り、居もしない招待客の相手をしようとしている。そこへウォーリーがたった一人の招待客として現れる。2人は食卓に飾られた蘭の花を愛で、季節もののオイスターに舌鼓を打ち、シャンパンの銘柄ペリエ・ジュエで乾杯する。しかし、2人を取り巻く使用人達が見ている光景は、新聞紙を丸めて花に見立てたもので飾られた食卓で、マッシュポテトを食べ、炭酸水を飲んでいる2人だった。やがて晩餐が終わると・・。

万霊節

アメリカはコネティカットが舞台。

50代で夫と死別したセアラ・クレイバーンはホワイトゲイツの屋敷を相続する。現実的で現代的なセアラが10月最後の日、すなわち万霊節に屋敷で体験した奇妙な体験譚。まだ10月だというのにその日はみぞれが吹き付ける寒い日だった。昼食後に散歩に出たセアラは見慣れない1人の女性を追い越す。青白い顔をしたその女性は、屋敷で働いている娘に会いに行くところだという。その女性と別れた後、セアラは足を滑らせ足首を捻ってしまう。

医者に絶対安静を命じられたセアラはその夜は痛みで眠れない。やっと使用人たちが仕事を開始する8時15分になった。・・・しかし、誰も現れない。しばらくしてベルを鳴らすが、誰も現れない。屋敷内は雪の中で何の物音もしない。とうとうセアラは絶対安静を破り、屋敷を歩き回るが・・・。

 

味わいポイント

ハロウィーンからクリスマスあたりの、夜が長くなる季節になると繰り返し読みたくなる作品です。本作に出会ってから、夏は日本の怪奇小説、秋・冬は西洋のゴシック小説という構図ができました。欧米ではお化けの季節は、木々が葉を落として生き物の気配が消えていく秋・冬との事で、それに倣ってみるのもいいものです。

静謐な恐怖

本作に出会ってからというもの、同じようなゴシックホラーの名手がいないかと、別の短編集を読んでみたりしたのですが、今のところ、彼女を超える作家はいないばかりか、彼女が他の追随を許さない作家だったことを知りました。

 

他の作家との大きな違いは、その恐怖が静謐な点と読者に恐怖"感じさせる”のが上手い点です。

他の作家にありがちなのは大仰しさです。所謂「幽霊」ここぞという所でご登場!その形相たるや云々・・・という感じです。

しかし、本作ははっきりした恐ろしいモノが大っぴらに出てきて襲い掛かってくるわけではありません。

恐怖は、手紙礼拝堂の像やペットとして飼われている犬たち呼び鈴古い屋敷といった間接的なものから存在をたゆたわせて、"感じさせる”ものとして描かれています。こちらの方がよほど得体の知れない感じがすると同時に、読んでいる自分すぐ傍にも居るように感じて、一層ぞくりとします。

作者イーディス・ウォートンはあとがきで「Ghost feeler(幽霊を感じる者)」という表現をしていますが、言いえて妙な表現と言えるでしょう。はっきりとしたものでない分、どこに何が潜んでいるのか、その裏には一体何が起きていたのか分からない静謐な恐怖。例えるなら、真っ白に降り積もった雪上に不意に滲み現れた真っ黒な何者かの足跡のような、静謐な恐怖。

 

また、7編のうち、「カーフォル」「祈りの侯爵夫人」「小間使いを呼ぶベル」は、地位は高いが抑圧的な夫とその妻、妻が唯一心を通わせる優しい紳士という共通の構図があり、この関係性がほのかな甘美を漂わせ、一層本作を静謐にしています。

 

 

秋が深まるハロウィーン近くなったら、静謐でどこか哀しくほのかに甘美な本作を、1編ずつ夜毎味わってはいかがでしょう。