襖の音に、女は卒然と蝶から目を余の方に転じた。視線は毒矢のごとく空を貫いて、会釈もなく余が眉間に落ちる。
目次
・「 草枕」キーワード
・あらすじ
・味わいポイント
①元祖ツンデレ?な主人公&ヒロイン
②ちょっとドキッとする描写も
③花酔いしそうなほどの春の描写
「 草枕」(夏目漱石・著)キーワード
春 菜の花 雲雀
山桜 うぐいす
画工(えかき)の男 温泉宿
出戻りの女 椿
オフィーリア 非人情
あらすじ
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」
非人情の境地で画(え)を描こうと、画工(えかき)の主人公は那古井の温泉宿へやって来る。山・花・月・海・・・、男はひたすら非人情にこれらを眺める。宿の娘で出戻りの那美さんに対しても非人情に接しようとする。
那美さんから自分の画を描いてほしいと言われるが、男は那美さんの中に何かが足りないと感じ、描けずにいる。
味わいポイント
①元祖ツンデレ?な主人公&ヒロイン
この小説に繰り返し出てきて、おそらく一貫したテーマとして据えられているもの。それが「非人情」です。
一見、何だか難しそうなテーマに見えます。でも、読んでて思ったのですが、テーマも主人公もヒロインも、今で言うところの「 ツンデレ」そのものだよなあ、と。
主人公は画工(えかき)である30才の男。人情や情緒といった塵界から離れて、ただ第三者的に世界を見たいー非人情の境地に立ちたいー。のっけからこんな芸術家然とした、思索ぐるぐるの胸中で春の山中をほっつき歩いております。
到着したのは那古井の温泉宿。男はこの宿に逗留し、非人情に春の自然や人を見つめて創作しようとします。しかし、そこで宿の娘で出戻りの那美さんと出会ってしまうのです。
「非人情」を標榜とする男は当然、美しい那美さんの事も非人情に、第三者的にのみ観察しようとしますが・・・。目があった瞬間、彼の標榜は哀れにも崩れ去ってしまいますw。非人情、非人情と胸の内では唱えながら、那美さんに驚かされっぱなしです。
一方、ヒロインの那美さん。当時の女性としては、かなり大胆不敵です。
戦前の他の男性作家の作品には、“かわいいお人形さん”というヒロイン像が多い気がします。が、漱石のヒロインは男性とも議論する理知的な女性が見られます。那美さんも例外でなくー。
しかしそんな那美さんが、ラストシーンにてある人物との一瞬の再会で見せた表情。
これまでの"ツン”を打ち壊すこの表情こそが、物語のテーマ「非人情」の帰結であり、主人公が求めていたものだったのです。
②ちょっとドキッとする描写も
非人情と言いながら、ちょっとドキッとする描写もあります。
何とも知れぬものの一段動いた時、余は女と二人、この風呂場の中に在ることを覚った。(本文136頁より)
これは主人公が温泉に入っていたところ、那美さんが入ってきてしまう場面。
「雉子(きじ)が」と余は窓の外を見て言う。
「どこに」と女は崩したからだを擦寄せる。余の顔と女の顔が触れぬばかりに近付く。
細い鼻の穴から出る女の呼吸が余の髭にさわった。(本文162頁より)
一方、これは主人公が逗留する部屋で、那美さんと小説についての議論をしていた場面の一幕。突然の地震に驚いて飛び出してきた雉子を窓外に発見する場面。
どちらも、すんでのところで「非人情」に戻って事なきを得ますが、非人情(あるいはツン?)を標榜としているだけに、こんなドキッとする場面がより鮮明になります。
③花酔いしそうなほどの春の描写
こと那美さんに対してとなると、非人情とはいかない主人公ですが、自然に対してはどこまでも非人情です。つまり、ぼけっと春に酔いしれています。ひたすら。
菜の花と雲雀から始まり、山桜、海棠、うぐいす、椿、木瓜(ぼけ)・・・。これほど春に埋(うず)まった作品もそう無いでしょう。
ただ、そんなぼけっと花酔いしている主人公の前にいつも那美さんが現れて、非人情の世界は崩されるのですが。
うららかな春の日に、ぼんやり花酔いしつつも、そこに差し込む男女の大人な駆け引きを楽しんではいかがでしょうか。
↓気に入っていただけたら、☆押してもらえると励みになります。
また、「読んだ事あるよ」「読んでみたい!」「自分はこう感じたよ」「似たような小説知ってるよ」などなど、お気軽にコメントもどうぞ。