「もしもなっちゃんが「早く帰りたい」と言うのならせめて途中で『ひかり』に乗り換えよう、と携帯電話で時刻表を調べかけた、そのときー。
「ねえ、パパ・・・・・・
サンタさん」
なっちゃんが言った。
「はあ?」
「トナカイさんも、ホームにいるよ」
木枯らし1号が吹く頃、年の瀬が近くなる頃、コタツを出した頃・・・。本作に出会って7、8年経ちますが、こういった折々にふと思い出して再読したくなる、冬限定の絶品短編集です。
ということで、ご紹介する小説は、重松清さんの「 季節風*冬 サンタ・エクスプレス」です。
目次
・「 季節風*冬 サンタ・エクスプレス」キーワード
・あらすじ
・味わいポイント
多種多様な冬のモチーフ×温もり=じんわり沁みてくる
・余談ですが・・・
「季節風*冬 サンタ・エクスプレス」キーワード
冬 石焼き芋 コーヒー サンタクロース
ごまめ 節分 バレンタインのチョコ 大学受験 昭和 現代
じんわり
あらすじ
四季をテーマにした短編集の第4弾(最終弾)。
「あっつあつのほっくほく」「コーヒーもう一杯」「冬の散歩道」「サンタ・エクスプレス」「ネコはコタツで」「ごまめ」「火の用心」「その年の初雪」「一陽来復」「じゅんちゃんの北斗七星」「バレンタイン・デビュー」「サクラ、イツカ、サク」を収録。
あっつあつのほっくほく
ビジネス街で働く四十代の女性の話し。異例の出世をするほどの能力がありながら、男性上司に女性であることを理由に機会を奪われている。そんな彼女が晩秋の夕暮れに思い出したのは、高校時代によく買っていたカオルのおじさんが焼く石焼き芋と、高校時代の部活の思い出・・・。
コーヒーもう一杯
小説家の四十代男性の話し。一人、喫茶店でコーヒーを飲むときに彼が時々思い出すのは、大学時代に同棲していたマンデリンが好きな彼女の事と、その彼女との別れ。
冬の散歩道
三十代の男性の話し。行くあてもなく街を彷徨ったあげく疲れ切って川沿いのベンチに腰を下ろしたきり、立ち上がる気力も無くなった男性。ポケットには“あるもの”を忍ばせていた。いつの間にかうたた寝をしていた男性の前に、様々な市井の人々が通りかかり・・・。
サンタ・エクスプレス
5才のなっちゃんとパパの話し。なっちゃんとパパは新幹線で東京へ帰る途中。臨月のママをお見舞いした帰りだったが、なっちゃんはそっけない。本当はもっとママといっしょにいたいのだ。そんななっちゃんのためにママが取った“秘策”とは。
ネコはコタツで
喪中はがきの準備をする四十代の男性の話し。男性の父は今年の正月を迎えてすぐ、78歳で呆気なく逝ってしまった。遠い郷里には母が一人残されたが、子供たちが受験を控えている男性は正月休みに郷里に帰れない。反対に東京に母を呼ぼうとしたが、母は「うちはここでええよ。」と断る。そんなある日、父が亡くなったため、もう母一人では作れないだろうと思っていた丸餅が届き・・・。
ごまめ
46歳の斎藤さんの話し。元日早々、斎藤さんはおせちのごまめを噛みしめながら不機嫌だ。毎年恒例の家族揃っての初詣を、高校二年になった娘の香奈が“佐伯先輩”と初詣に行くと言ってすっぽかしたのだ。中学一年の息子の敏記に「たんにお姉ちゃんに見捨てられただけでしょ。」と事実を言われて益々不機嫌になり、そのままうたた寝をしてしまうが・・・。
火の用心
町内会の「火の用心」夜回りに参加する女子高生2人の話し。2人以外に小野さんと山崎さんという40代半ばのおじさんもいっしょに夜回りしている。小野さんはダミ声を張り上げ、自信たっぷりだが、山崎さんは自信無さげでいつも小野さんにバカにされている。私とワクちゃんは小野さんが大嫌い。何かにつけて、女子高生「なんか」「なんだから」「ってのは」と女子高生を一括りにする言い方にカチンときている。そんなデリカシーの無い小野さんが、私とワクちゃんの“微妙な部分”に触れてしまい・・・。
その年の初雪
小学四年の泰司の話し。泰司は雪が降るのを待っている。昨年、この街に引っ越してきて初めての冬に、友達の三上くんと一緒に雪で遊んだ。その時に三上くんが、もっと積もったらかまくらが作れると言っていたのだ。そして、今年の冬が、泰司がこの街で迎える最後の冬なのだ。三学期の始業式の日、お父さんから告げられたのは、三月の転勤の話だった。泰司はその事を三上くんになかなか言い出せない。
一陽来復
年末に離婚した女性が、4才の娘とコンビニに向かう。年末にひいじいちゃんが死んだ15才の男子高生が、コンビニに向かう。12年間生きてきた中でサイテーの日になった女の子が、パパといっしょにコンビニに向かう。
同じコンビニに集まった三者はある物を買って、それぞれの家へ帰り・・・。
じゅんちゃんの北斗七星
40年近く前、小学三年の頃、隣に住んでいたじゅんちゃんの事を思い出す男性の話し。幼稚園の頃からいっしょだったじゅんちゃんは、いつもふにゃふにゃとした笑顔の子で、幼稚園では人気者だった。それはみんなが静かにしているような場面でも、じゅんちゃんは不意に一人で歌いだしたり踊り出したりして、面白かったからだ。しかし、小学校に上がって3年経つと、クラスメートは段々とそんなじゅんちゃんを笑わなくなり、やがてじゅんちゃんがこのままみんなと同じ学校に通うことの限界が見えてきて・・・。
バレンタイン・デビュー
2月に入ってから、「その話」は口にしないよう妻と娘に言い含める46歳の男性の話し。「その話」とは、バレンタインの話しだ。高校二年の息子、達也はモテない。過去のチョコ獲得数はゼロ。私たちからチョコをあげようとか、その日は好きなおかずにしてあげようとか、匿名で郵便受けにチョコを入れておいてあげようとか言い出す妻娘をひたすら制する。そしてその日、2月14日を迎える・・・。
サクラ、イツカ、サク
映画サークルに所属する大学二年の男子学生のお話し。サークルの先輩といっしょに彼が合格発表の掲示板前で行っているのは、1回50円の「バンザイ隊」。
「早過ぎても遅過ぎてもダメだ。ふわっと顔がゆるんだ瞬間にダッシュだ。」という先輩の指示のもと、半ば強引な押し売りでも、苦労が報われた瞬間という事で売上は順調だ。次に狙いをつけたのは、いかにもまじめで大人しそうな女の子。彼女の顔がふっとゆるんだ瞬間、バンザイを始めたが、彼女の目から涙がこぼれ落ちて・・・。
味わいポイント
紹介しておきながら恐縮ですが、実はブログ主は重松氏の作品はまず嫌いです。好きな人は好きでいいと思います。ただ、自分としては好きではありません。
私的にはどうしても(感情レベルで)クサいというのが先行してきます。そして、そこはかとなく漂う昭和臭(昭和は良かった現代はダメ)。この二つが混ざり合って行き着く先は説教臭さ。本当にすごい作品は、こちらが気が付かぬうちに感化してくれるもの、というのが持論です。説教臭いと感じさせる時点で「何だかなあ」となってしまうのです。
本シリーズのうち、「季節風*春 ツバメ記念日」と「季節風*夏 僕たちのミシシッピ・リバー」は読みました。が、この2作品はやはり「何だかなあ」となってしまいました。何というか、同じモチーフ(題材)を何度も使うのです。それも「高校球児」や「上京する青年」という、それだけでクサくなるのが容易に想像できるもの。それをまた、想像通りにクサく、お説教まで交えてくださる。
多種多様な冬のモチーフ×温もり=じんわり沁みてくる
しかし、本作だけは何故か重松作品の中で珍しく好きになった作品でした。
まず、「春」や「夏」と違って、扱うモチーフが多種多様という点がありそうです。キャリアウーマンの四十路女性が焼き芋に秘められた高校時代の思い出を思い出す。
中年男性が思い出すのは大学時代に同棲していた彼女の淹れるコーヒーと苦い別れ。
直に「お姉ちゃん」になるけれど、それがちっとも嬉しくないなっちゃんの為にママが取ったある作戦。
年頃の息子が2月14日にチョコをもらってくるか、そわそわする家族。
なんとなく大学に入り、受験シーズンに「合格バンザイ隊(1回50円)」なんてのをしている少し無気力な学生と、その大学に落ちて本気で泣く女子高生との対話・・。
冬ならではのシチュエーションで展開される物語は、どれも違って多面的です。
特に「一陽来復」は、何人かの市井の人々の様子が滔々と綴られているのですが、それがコンビニに“あるもの”を買いに訪れていた人々の話だったとわかる。偶然、その場に居合わせて、直後にはまた散り散りになっていく人々。しかし、その誰も彼もが何かしらの願いを込めて、事情があって、“あるもの”を買っていくのです。読んでいると、何となく居合わせただけの他人であっても因縁を感じてしまいそうになります。
本作もクサいには違いないのに、何故か気に入ってしまったのは、「冬」はとかく温もりが欲しいからかもしれません。そんな人間心理に付け込んでくるあたりはさすが重松作品(笑)。・・重松作品に感化されてしまったのではないか、と自分が少々心配になるほどです。
今年の冬は、じんわりと沁みてくる珠玉の「冬限定短編集」をいかがでしょうか。
余談ですが・・・
本作のトップバッター「あっつあつのほっくほく」は、焼き芋に纏わるエピソードです。このお話しの中で、カオルのおじさんは石焼き芋にパラッと絶妙な加減で塩を振り、焼き芋にはぬるいお茶が一番合うと言っていっしょに差し出します。
読み終えて、「それ、絶対正解なやつじゃん。」と、たまらずブログ主もマネしてみました。かなりイケます。お茶は茶葉から自分で淹れたものより、いやに「お茶感」を強調したような市販のペットボトルのものの方が合うような気がします。お試しあれ。
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